中学校時代の同窓会 …
8月17日(土) 12から中学校時代(静岡大学附属島田中学校 3年A組)の同窓会が久しぶりに開かれる。返信が遅れてしまったが、当時の担任の先生(神代氏)も出席されると言うことで、是非とも参加したくてとりあえず返信しておいた。

“約50年”も経ってしまった … 病気がちではあるが「俺は若い」と思っていたが、年をとったと感じ是ざるを得ない。「ぼ〜っ」と遠くを見つめながら、時代を思い出すといろいろなことが走り抜けてゆく。当時は親父が”放蕩”外出を決め込んでいて、所謂、即席の母子家庭状態、毎月それなりの生活費の入金はあったようだが、母親は仕事に出ていた …慣れない列車通学で、帰宅すると布団の入る毎日 … 勉強もロクにしないで部活動に明け暮れていたあの頃 … 一応進学中学校ということで”お馬鹿”な私は中間試験の洗礼を受ける(あまり勉強は好きではなかった) …

附属は進学校なので高等学校は某有名進学校、サッカーで有名だった「県立藤枝東高校」へ進学するのが”至上命令”何っていう現実もあった。しかし、毎日毎日バスケットの部活に明け暮れ、勉強はままならない。

当時の友達との話題は”鉄板”で「部活とおねえちゃん」 … 部活ではそれなりにレギュラーを張り、道楽親父らしくもなく3年生の時にはキャプテンまでやっちゃいました。その当時は島田第1中学、第2中学が各種大会では鎬を削っていた。第1の「森くん」、第2の「 … ?!?」忘れた … 呆けた訳じゃあないけれど、少し記憶力も衰えてきている。3年生の時には強豪「藤枝東」から、使者(落合部長先生)が来て”特待生(当時は暗黙のうちに … )”を勧めてくれて、本来学力で行くはずの憧れの藤枝東高校に無事入学 … 部活の部長先生(山城氏)の良きアドバイスに感謝しなければいけませんね。

2025年には大阪万博が予定されていますが、道楽親父の時代は1970年 … あの岡本太郎の”太陽の塔”の万博を思い出します。当時は修学旅行の一環で出かけた訳ですが、旅行前に仄かな恋を打ち明けた”おねえちゃん(O女史)”とのお手手繋いでの旅行が楽しかった。

今から同窓会が楽しみで「ワクワク」している”可愛い道楽親父”でした。

* 皆さん既に良くご存知とは思いますが、うちの嫁は”フィリピン人” … 何年か前の同窓会では担任の神代先生(英語)から「おい、フィリピン人の嫁か ?!? お前も大したものだな … 日常会話はどうしてる ?!?」、「先生、勿論英語と日本語です !」と胸を張って答えた道楽親父に「あの成績で英語が話せるのか ?!?」 … 「愛があれば何だって !!」と道楽親父

その神代先生 … 悪いことをすると”揉み上げ”を引っ張り上げる … あの心あるお仕置きが忘れられませんね。

あの頃は”いじめ”も”パワハラ”、”セクハラ”、”ゆとり教育”、”勿論、パソコン・携帯電話”何ってものもなく、横道に逸れずに良く普通に育ったものだと思います。

そこの若いの〜 ♪ … 俺の話を良く聞けよ、拗ねるな、引籠もるな、死ぬな … お前だけの命じゃないんなだからな !!

そこの道楽親父、ボ〜と生きてんじゃねえぞ〜 後何年生きるんだ … うん、死ぬまで生きるだろう !!