不肖 藁科豊(わらしなゆたか)の"お気楽隠居生活"を面白・可笑しく、そして悲しく・侘しく綴る BLOG をどうぞ …

NISSAN R390 GT1

NISSAN R390 GT1

日産・R390は、日産自動車が1990年代後半にル・マン24時間レースのために、トム・ウォーキンショー・レーシング (TWR) の協力のもと開発されたレーシングカーである。

名称は、かつて1960年代の日本グランプリで活躍したプリンス・R380 – 日産・R382、及びR383の系列として名づけられた。この間、日産系プロトタイプレーシングカーの活動が全く無かったわけではなく、NP35に至る系譜のマシン群がある。

レースでの成績

日産・R390(1998年仕様)
ル・マン24時間には1997年(平成9年)に初参戦した。予備予選ではポールポジションを獲得する順調なスタートであった。しかし、リヤトランクをメッシュ製(開放式)としギアボックスの冷却ダクトをその内部に収容した構造が、現地でレギュレーション違反と指摘された。そこで急遽トランクを密閉構造の箱形に変更したが、決勝ではギアボックスの冷却が阻害されるトラブルが発生し、結果は残せなかった。また、日産とTWR間のコミュニケーションの問題も露呈した。

翌1998年(平成10年)の参戦時には、前年型マシンの弱点であったギアボックス冷却の改善、ロングテール化などの空力改善、ウィリアムズF1チームからTCSやABSなどを導入するなどし、性能を向上させた。さらに日産とTWRの連携を確実にしてチーム体制を強化した。堅実なマシン作りで抜群の安定性をみせ、星野一義・鈴木亜久里・影山正彦の乗るマシンが総合3位を獲得し、ノバエンジニアリングからJOMOのスポンサードによってエントリーした前年度のマシンをアップデートさせた車両を含む出走した4台全車が10位以内で完走する健闘をみせた。

翌1999年(平成11年)にはGT1規定の消滅に伴いR390での参戦をやめ、オープントップのル・マンプロトタイプであるR391で参戦するも、電気系統のトラブルによるリタイヤに終わった。

以来日産はル・マンから遠ざかっていたが、2015年(平成27年)に復帰を発表、2月1日に日産・GT-R LM NISMOをアンヴェイルした。

開封の儀

ボディのサフ吹き

組み込み

ボディの赤黒の塗装

サフも吹き終わり、細かな部品の取り付けも終わりましたので、重要な作業(ボディの塗装)に入ろうかと思います。グラディエーションはデカールでごまかしますので、そんなに大変な作業にはならないかと思っていますが、落とし穴がないことを祈ります。

エンジン部分の細部の工作もしなければなりませんので、今日は土曜日ですが”一日かかり”になっちゃいますね。

後部のブレーキディスクとキャリパーの塗装をしなくては … ディスクの色がちょっと明るすぎますかね。キャリパーは赤で … ウイングの支持部も黒と赤で塗り分け、ダッシュボード部は黒で塗ります。

ボディの”赤”部分の塗装

ボディの”黒”部分の塗装

ボディ塗装の出来上がり

デカール貼り

ほぼ … でけた !! かな ?!?

ダイソー … 300円の陳列ケースへ

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