不肖 藁科豊(わらしなゆたか)の"お気楽隠居生活"を面白・可笑しく、そして悲しく・侘しく綴る BLOG をどうぞ …

Chevrolet Corvette

1957年型 コルベット CORVETTE

開封の儀

初代 C1型(1954年-1962年)
シボレー・コルベット(初代)
C1型
1957年式
1957 Chevrolet Corvette.jpg
1962年式
1958 Chevrolet Corvette.jpg
販売期間 1954年 – 1962年
乗車定員 2人
ボディタイプ 2ドアオープン
エンジン ブルーフレイム型 3.9L 直6
スモールブロック型 4.3L V8
スモールブロック型 4.6L V8
スモールブロック型 5.4L V8
駆動方式 FR
最高出力 152PS/4,200rpm
最大トルク 30.80kgfm(32kgfm)/2,400rpm
変速機 2速AT
3速MT/4速MT
全長 4,249mm
全幅 1,773mm
全高 1,308mm
車両重量 1,309kg

-自動車のスペック表-

シボレー初の2シーターレイアウトのオープンスポーツカー。1953年にプロトタイプが披露され、翌年に生産を開始する。初期のC1型コルベットは、純粋なスポーツカーというより、スポーツカーと先進的イメージを押し出した“雰囲気車”のような感は否めない。スチール製フレームに、量産車としては初めてとなるFRPボディパネルを貼り付けた、ヨーロッパ車顔負けの先進的な特徴を有していながら、少なくとも本質的な走りを重視する人々の琴線を刺激するだけの魅力は持ち合わせていなかった。

排気量3,859cc、最高出力150HP(当時のSAE基準でマフラー等補機類を装備せず計測されており、車載時の実出力ははるかに低い)を公称する水冷直列6気筒OHVエンジンは、「ブルーフレーム」と大げさな愛称が付いてはいたが、素性は1928年以来長年生産されてきたシボレー標準の重たい旧式エンジンで、通常型セダンと変わらぬ2速ATの非効率も相まって、最高速度102マイル/hにしか達しなかった。先行して市場に投じられ、ほとんど同等のサイズと3.4LのDOHCエンジンを持つイギリス製スポーツカーのジャガー・XK120はその名のとおり120マイル/hを容易に達成しており、実力差は明確だった。しかも品質不良での購入者からの苦情も殺到した。これは先進的なFRP素材を使用したがために起こってしまった弊害である。まだFRPの厳密な生産管理技術が確立されていなかった時代のため、温度差によってボディパネルが歪んでしまうことが原因だった。

初期にはこのようなメーカー側の不備から批判を受けたが、チューニングを生業とする者たちは、優れた車体特徴を備えたコルベットを見放さなかった。彼らは市場の不満の声に応えるかのごとく、エンジン・チューニングキットや、マニュアルトランスミッションへの交換などを請け負い、潜在的な需要を満たした。

しかし、コルベットの評価を一転させるマイナーチェンジが行なわれることとなる。その先鋒に立ったのがGM実験部門に所属していたエンジニア、ゾーラ・アーカス・ダントフである。シボレー・セダン用の4,343cc水冷V8 OHVエンジンを専用にチューンを施し、コルベットのエンジンルームに押し込むことにより、大幅なパワーアップを達成する。1955年ではオプション扱いだったものの、1956年からは通常ラインアップに加わり、逆に当初の標準だった6気筒エンジンは蹴落とされる格好となった。ちなみに、このエンジンは後々のコルベットにもスモールブロックユニットとして受け継がれていくこととなる。トランスミッションもボルグワーナー製の3速MTが選べるようになり、いよいよ本格的なスポーツカーとしての認知を得るに至る。以降、ドーピングのごとくパワー至上主義路線を貫くようになり、200馬力前半だったパワーは、最後期には300馬力オーバーに達するまでになった。

C1型コルベットは、本格的にレースにも参戦し、そのテストベッドとして1954年にMule(雑種の意)と呼ばれる、レーシングチューンの施されたV8エンジンを搭載したモデルがあった。Muleは最高速トライアルやデイトナに参戦し、このモデルの活躍がコルベットの名声を高めるきっかけとなった。その後、1956年のセブリング12時間レースに参戦するために手直しされたコルベットSR(セブリング・レーサー)が出走し、クラス優勝に輝く活躍を見せ、1957年以降には数々のレースでアマチュアレーサーの手で走らされるコルベットを見るようになった。また、SRが活躍したとほぼ同時期に、更なるパフォーマンスアップを図ったSR2に発展し、1957年のデイトナでル・マン24時間レースの王者であるジャガー・Dタイプに続く2位に食い込み、その実力を示した。しかし、コルベットのレース活動の指揮を執っていたゾーラ・ダントフの意向により、SR2の現役としての期間は短く、その活動はコルベットの名を冠した、しかしオリジナルとは関連性のない新たなレーシングカーであるコルベットSSに委ねられた。

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