Still On The Road

Formula One・IndyCar

Formula One・IndyCar

F-1 概要

2012年バーレーンGP
1950年にイギリスのシルバーストン・サーキットで始まった。ヨーロッパ・アジア・南アメリカ大陸・北アメリカ大陸を中心に世界各国を転戦し、各レース毎の順位によって与えられる点数「チャンピオンシップ・ポイント」の総計によってチャンピオンを決定する。

Formula とは「決まり」「車両規定」を意味し、「Formula One」という表現には、いくつかある車両規定枠組(カテゴリ)の中でも一番上位、との、企画者側の思いや意味が込められている。

F1に出場する車両には、タイヤ・シャシー・エンジン等々、あらゆる部分に技術的な規定(テクニカルレギュレーション)があり、これに反する車両は出走が認められないまた、走行中のマナーなどの取り決め(スポーティングレギュレーション)もあり、違反した場合にはレース中の強制ピット通過やスターティンググリッド降格などのペナルティを課せられる。

かつては他のカテゴリー同様、1社のシャシーを複数のチームが使用することもあったが、現在ではコンコルド協定において、知的所有権を含め、過去2年のうちに参戦した他チームのシャシーを使用できないよう規定された。そのため、フォーミュラカー選手権としては唯一、全チームがオリジナルのシャシーを使用している。また、FIAなどはマシンに関してコスト削減を試みており、少しでもコンストラクターの数を増やそうと考えているものの、フェラーリがテクノロジーの低下を示すとして拒否している。そもそも、新規参入以前に参戦中のチームでさえ、油断できない状況であり、現にザウバーは2014年から2017年まで資金難に苦しみチーム力の低下を招き、2018年のフォース・インディアは(チーム代表の問題もあるが)課題となっていたチームの資金問題が遂に限界に達し、同年7月に破産申請され、2018年第13戦ベルギーGP以降の参戦が不可能という状況になった(チームは投資家により救済され、いくつかの交渉を経て第13戦以降も参戦可能となった)。また、マシンの複雑化に伴うコストの上昇やチームの運営費用の高騰で参入障壁自体が年々高くなっており、資金力のあるレッドブルなどの大口スポンサーとの契約やハースのような自己資金を常に用意できることが新規参入にあたっての絶対条件となってしまっている。

ヨーロッパで広がった最高峰自動車レースのF1は、ヨーロッパにおいては非常に市民の熱狂を集めるスポーツの一つであり、世界的に見ても、人気が高いスポーツと言える。 ただし、近年ではレギュレーションの影響もあり、最盛期に比べ人気は低落している傾向で、日本国内でも2006年に総入場者数の最高記録を更新してからは下降線をたどり、2008年の日本グランプリの総入場者数が鈴鹿サーキットで初開催された1987年の総入場者数を下回り、2010年には決勝の入場者数が初めて10万人を切る事態となってしまった。景気後退によるスポンサーの撤退ないし縮小はF1の世界にも影響を与えており、開催国の面では開催料の見直しがないこともあり、現地のコース運営者の資金に依存する傾向が強まっている。また、チーム面ではかつてに比べ資金面で左右される傾向が増えつつある。

IndyCar 概要

2006年のダラーラ IR5、ヴィットール・メイラ車
1994年、インディ500を開催するインディアナポリス・モーター・スピードウェイ (IMS) の社長であったトニー・ジョージが、インディ500だけでなく自らが主催するシリーズを立ち上げたいために、1996年よりインディ・レーシング・リーグ (IRL)を発足させることを表明。1996年にはCART(後のチャンプカー・ワールド・シリーズ)から分離独立し、CARTやF1と同様、オープンホイールマシンでチャンピオンシップを争うレースとして発足した。

インディ500を頂点に据え、オーバルを中心にロード/ストリートコースを組み合わせたスケジュールとなっている(2004年まではオーバルコースレースのみ)。発足初年はCARTのマシンを使用していたが、1997年以降は独自のレギュレーションにより運営。当初はCARTに比べマイナーなカテゴリーであったが、2003年よりホンダ、トヨタが揃ってCARTよりIRLへ移籍表明を行ってからはそれまでの有力CART参戦ドライバー、チームも挙って移籍に追随し、一気に北米フォーミュラーレースのメジャーへと取って変わった。これも伝統のインディ500を持つ強みからである。

2002年にはトップカテゴリーの名称を「インディカー・シリーズ」に変更、IRLはFIAのように運営組織の名称として残された。

日本でもそれまで1998年より毎年栃木県茂木町のツインリンクもてぎで開催されてきたCARTのレースを2003年よりIRLに変更し、インディジャパン300として開催。これによりIRLの初のアメリカ以外での開催進出となった。

また、下位カテゴリーとしてインディ・ライツ(2002年 – 2005年までは「インフィニティ・プロシリーズ」、2005年以降は「インディ・プロシリーズ」)が形成され、インディカーへのステップアップカテゴリーとしてIRLの下に運営されている。

2008年シーズンからCARTとシリーズを統合した。実際には旧チャンプカーのチームに無償でエンジン・シャシー等を供給する形となったため、事実上IRL側がチャンプカー側を吸収する形となった。

2010年から2013年にかけて、アパレル・ブランドのアイゾッド(IZOD)がシリーズ冠スポンサーになり、名称が「IZOD インディカー・シリーズ」となった。2014年からは代わってベライゾンが冠スポンサーとなり、名称も「ベライゾン・インディカー・シリーズ」に変更される。

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